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 内なる空へ
〜悩み苦しみからの解放〜

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兵庫県神戸市東灘区岡本

呼吸の観察 

静かに座って、呼吸を観察してみましょう。

呼吸をコントロールしたり深呼吸したりするのではなく、ただあるがままを観察してみます。

吸って・・・吐いて・・・想念が浮かんだら、想念に気づき、呼吸に意識を戻す・・・
音、声、外から何かがやってきたらそれも気づき・・・呼吸に意識を戻す・・・

「雑念だらけです・・・」という人は、思考が見えている状態です。思考の動きに気づいているという状態です。

エネルギーとは騒がしいものです。肉体と魂(精神)の架け橋で、見えるようになるほど異質な緊張がやってきたりします。

「吸って、吐いてを見ています。想念が浮かんだら呼吸に戻せばいいんですよね。そうしてます。」
という人は、やっている<私>がいる、自我(思考)がいるということになります。

「全意識でやってます」と言うなら、<私>がいます。考えながらやっているということです。

自分の意識全体で見る時、やっている自分がいない状態です。やり手がいない。私がいない。
ですから、私は全意識でやってますという言葉にならないはずなんです。

数年前、友人に「平日のお昼間何してるん?」と聞かれ、「ん?洗濯物見てる」と、ポッと答えたことがありました。
友人は驚いた顔をして「あかんやん!」と言いましたが、
「・・・・・・・・・・?」私の中にあかんという感覚がまったくない・・・。

洗濯物を見てると言っても、モノを見ているわけではありません。洗濯物のひとつに意識の焦点を合わせているか、洗濯物全体に意識の焦点を合わせているかどちらかです。

思考は物を見ますが、意識は物の奥のエネルギーや、さらにその奥の存在を見るようになります。

風に揺れて、太陽の光を浴び、一瞬、一瞬、乾くことが起きている。
まるで自分が洗濯物になったかのようです。

自我が消え、思考がない時、エネルギー(動き、流れ)を感じるようになってきます。自分が対象の中に溶け去り、エネルギーとひとつになったりします。

動きとは瞬間、瞬間、変化するものです。
変化という言葉以外、すべては変化します。宇宙全体は一瞬たりとも、同じということがありません。

思考が消え、自分の全意識でただ見つめると、動きを感じる、あるいは見えるようになります。意識が思考の中にいると、意識(自分)が動いている状態なので、動き自体に気づくことができません。

<私>がやっている瞑想は、心地よさや自己満足はあっても、エネルギーを感じる喜びや、たまらない恍惚感や、ひとつになる至福にはいたりません。自分が消えると、存在が現れるのです。

『 自らを失う者は真の自己を見出し、自らを守る者は永遠に真の自己を失う 』 キリストの言葉です。

私たちは、目的意識と強迫観念にがんじがらめになっています。

「私がしなければならない」「何かしなければならない」という思考(すること)に縛られています。
ですから、正解を探し、何かを見たり聞いたりすると、「そうしなくちゃ」「こうでなくちゃ」と言葉通りにしようとしてしまうのです。
私がやらなくちゃ、ちゃんとしなくちゃ・・・・と思うほど、今この瞬間の宇宙のパワーと分離します。あなた自身の源から遠ざかります。

あなたが、悟った人や神聖な人、正しい人になるわけではありません。

「観察者になる」とか、「創造者になる」という言葉を、観念で聞くと、自分が観察者になろう、創造者になりたいと考えます。

ですが、あなたの中に静かな目撃者、観察者はもういるのです。創造者はすでにいるのです。
「なる」という言葉は、すでに在るものになるということで、そこに繋がりさえすればいいのです。

あなたが自分だと思っている自分は、社会的役割であり、条件付けされた思考です。

私がやっていると思っている、私はやっていると感じているなら、自我がいます。

ですが、それでも観察(瞑想)し続けていると、別次元の意識に、考えと考えの隙間にいる考えている存在の観察者(魂)の領域、意識の異なる振動の領域に、移行されるようになってきます。
そこから、あなたは観察するようになるのです。内側から自分を見るということです。
考えている(意識している)自分の観察者になります。

思考は外側に立って、自分を見張っている裁判官です。
自分の目的に対して、できた、できないと判断をくだしたりします。
私はうまくやっていると思って満足したり、いや、うまくやれてないと思って落ち込んだりします。
「ちゃんと」という考えも、目的や結果(未来)に対するものです。

ですが、内側にいる静かな観察者は、思考(目的)を超えていて、良い悪いの判断がなく、あるがままの動きをただ眺めていて、今この瞬間です。

あなたは考えと考えの隙間から、至高なるものの一部である魂を垣間見ることができます。
内なる沈黙と繋がることができます。

自我は思考の中で何かをつかもうとします。しがみつくものが必要だし、自分の意識の届く範囲内での変化を求めます。
無防備に、冒険的に、未知なるものに入っていくより、自分が知っているものの中で安心を求めます。

隙間や空間より概念や観念に愛着があり、考えをつかんだら、つかんだものについて思考を開始します。

「思考がなくならないんです」「感情が消えません」と、人は言いますが、それも思考(考え)です。

「思考がなくならない・・・<と思った>」「感情が消えない・・・<と思った>」と、いったん考えを切り、気づきにしてみてください。

何かをなくすためや捨てるために見るわけではありません。
それらはみな起きています。
思考はよくない、感情はよくない、なくしたいと思っている自我の方を捨てるのです。

裁判官(思考)ではなく、あなたが観察者(意識)になれば、次第に起きていることの理解が生まれてきます。

「しなければならない」という思い(エネルギー)そのものを感じることができたら、どれだけこの世の中を踏ん張って生きてきたか、自分のプロセス全体が見えて、涙なくしていられないかもしれません。

「しなくちゃ」と頑張ってきた自分を認め、褒めてあげることはあっても、「まだやっている・・・」と、自分を責めることはなくなっていくはずです。


観る者(意識・自分)と、観られるもの(対象)は別のものです。

呼吸の観察によって、あなたは自分と思考、自分と感情が別のものであることに気づきます。

自分と呼吸、自分と体が別のものであることに気づきます。

それでもまだ、根っこでは深い無意識と繋がっていますが、油断なき気づき、不断の気づきにより、だんだん意識の深みに入っていくようになるのです。

     ハートの音
  −宇宙の振動を感じて−






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