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 内なる空へ
〜悩み苦しみからの解放〜

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兵庫県神戸市東灘区岡本

episode  

        

   -エピソード-




外側に向かっても

観念的現実

瞑想を通して

鞍馬









■外側に向かっても


本当は、自分の中の見えていない気持ち、思考や感情などが私の現実を創り出していた。
そのことがはっきりわかった。

でも、職場に行くといつのまにやら意識は外に向き・・・
目の前に起きてくることをなんとかしようと必死になった。

これまでずっと、起こる出来事で今の感情を味わっていると思ってきた。
でも実はそうではなくて、自分の思考や見えていない感情なんかを、出来事に映し出し
現実として体感していた、という事実に気づき
もう体験しているはずなのに
仕事となると、すっかり忘れ、起こる出来事をなんとかしようとしてしていた。

意識が外側を向いていると、なんとかしたくなる現実を創りだす。

仕事に対する私の思い。
-ちゃんとしなければならない
-きっちりしなければいけない
そして思うことを話し、話すことを行動すること
思考と言葉と行動が一致していれば
人に対し仕事に対し自分がぶれない、ずっとそう思ってきた。

そして、思い通りにいっていないように見える現実に対し
またなんとかしようと手を出していた。

私がなんとかしなければいけないことなどなにひとつない。

私と仕事(行為)との分離。
その分離が不安を招き、心のどこかに不安があると
どこか敵地に乗り出すような気合いが必要になって
自然な流れそのものを許せなくなってしまう。

私の中の強い思い。
「こうありたい」という思い(怖れ)が
自分の中に抵抗を生み出していた。

そう、私がなんとかしなければならないことなどなにもなかった。

このままではいけないという否定や、このままだとこうなってしまうと
決めつけた不安に気づく。

ただ、目の前のことを見てやればいいだけだ。

起きることへの心の判断や、先回りして考えるのを止めたら
その時の純粋なジャッジや、単純な注意深さが生まれる。

あらためて気づき
心が晴れた。
満ちてきた。
ものすご〜い開放感!

自分から離れ、意識が外へ向かっても
必ずまた、以前とは違う、より深い自分の中心に戻ってこれる。

この喜びに満ちた感覚はたまらない!

自分が一致し、つながるだけで
複雑でバラバラに見えていた出来事が
実は、調和しあってつながって
一緒にすすんでいたことに気づく。

すべては奥でつながっている。
ひとつひとつがメッセージ。

あ〜、もうこの感覚はうれしくてうれしくてたまらない!
                                  2007.4.16



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■観念的現実


東京から帰ってきたあと、私はある会社の正社員になりました。

新しいことを探すのにも疲れていた私は
「もうそんな年」とか「老後も安定」とか「お母さんも安心」とかいう言葉に
正社員って縛られそうだな・・・と思いながらも
34歳で派遣社員から正社員にさせていただきました。
それはとてもありがたいことでした。
もう仕事も探さなくていいし、将来も安定です。

でもとても色々なことがあり・・・

だんだんわからなくなってきました。

体重は減り、体がかるく、いつも浮いてるような感じでした。
9コのコップをおぼんにのせて歩くと、もうフラフラの感じです。
呼吸も浅く、息がつまるようになり、いつも不安と緊張に震えるようになりました。
体はどんどん力を失い、やる気も元気もなくなっていきました。

友達に
「やせたね〜」
「あら、またやせた?」
「ほんま大丈夫なん?」
と言われるようになり
ワタシ大丈夫ジャナイ・・・と思うようになりました。

私は死んでる・・・
生きてるけど死んでる・・・
私は活きて生きたい・・・

もうここにはいたくないかもしれない・・・

会社を辞めました。

老後もむなしく、わずか1年半で退職。
束の間の安定でした。
収入は安定していましたが、心はまったく不安定なものでした。

私の中には、これまでの人生で、自分にやれることややってみたいと思うことは
もう全部やり尽くしてきたという感覚があり
心も体も落ちていく自分の中に
会社を辞める喜びも、新しいことへ向かう希望も気力もありませんでした。

もうどうしたらいいのかわからない・・・
何かまちがっていたのかもしれない・・・
どこでまちがったのか・・・

自分がどんどんどんどん小さくなっていくのを感じました。

自我の崩壊です。

すべてが、起こるべくして起きていたと感じます。

でももし、起きる出来事や自分の感情を、
他人や会社のせいにしたりして、
自分自身の内側に意識を向けることがなかったら
今も私は闇の中にいるかもしれません。

恐い出来事も、色々味わった感情・・・緊張や落ち込みや不安や恐れや怯えや、
焦り、怒り、イライラ、罪悪感、劣等感、嫉妬、虚無感・・・本当に様々な感情が
自分の今と向き合うきっかけとなりました。

出会いと機会と導きに、心から感謝です。
すべては、目を覚ます機会です。

周りが気になり、いつも責められてるように感じました。
誰かが怒られてると、自分が怒られてるような感じがしました。
でも実際は、自分の中の思考が自分を責め、
責められてるように感じていたんだと気づきました。      
                                  2007.5月




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瞑想を通して


古い思考や価値観、固定観念、それは「自我」であり「これが私だ」と思っているもの
でもあるので、それを手放すというのは、同時に痛みも伴います。

自分に向き合う、というのは少なからず、痛みが生じるのです。

自分の条件反射的感情や思い込みやこだわり、とらわれ、欲望、執着・・・
あ〜見たくない・・・
でも、私はもう変わりたい。
心底自分をなんとかしたい。

だから、どんなに見たくない自分も、認めたくない、嫌な自分も
全部、許し、受け入れると決めました。

自分のやりたいことをやりたいだけさせてあげよう。
ワクワクすることをやると
内側でものすご〜く喜んでいるのがわかります。
喜びが溢れ、どんどん光が広がっていくようです。

私は、誰より、自分から信頼されたかったのです。
自分から「こうでなければならない」といろいろ
押しつけられるのをほんとはとても嫌がっていました。
あーだこーだいちいちいう頭の中の裁判官にうんざりしていました。
自信と信頼を取り戻し、魂の自由、真の自由をいつも味わいたいのです。

比較、非難、否定、判断、常識、しがらみ・・・あらゆる束縛からの解放へ。


瞑想を始めて、どれだけ涙を流してきたかわかりません。
かるく、バケツ3杯ぐらい・・・もっとかな。

瞑想会では、勝手に涙が溢れてきて、とまらなくなって・・・
ふと目をあけると、私の前にボックスティッシュが置かれてありました。

ああ・・・泣いてもいいんや・・・
許してくれるんや・・・

もっともっと泣いていいよ、と言ってくれてるようで
うれしくてうれしくて、そのティッシュに感激して、さらに涙が溢れだしました。

許してくれる空間に、ティッシュをそっと置いてくれる人に
感謝の気持ちでいっぱいでした。

気がつくと、いつも私の前にはティッシュが置かれていました。

どれだけ自分を抑え、踏ん張って生きてきたか・・・
その涙が教えてくれました。

瞑想会に行き、みんなが集まった瞬間はバラバラな感じがしても
いろんなエクササイズをやっていくうちに
どんどん自分もみんなも、エネルギーが高まり、溶け合い
あなたも私もいない・・・み〜んなひとつ・・・という一体感や
あたたかさをたくさん味わいました。

周りと違っていても、みんながそう思わなくても、そう感じなくても
私は、自分が感じるままでいい・・・このままここに在る。

「違い」を受け入れて初めて、バラバラではなくつながっている
違いではなく深いところでは同じだった・・・ということに気づかされました。

それは、自分の中心に戻ったからです。
何も考えず、自分の中心、沈黙の意識と一致していると、つながりを感じられる。

無心になって今にいることがどれだけ豊かで自由なことか・・・
もうこの喜びは何にも代えられないと思いました。

それは、誰か有名な人がそう言うからそうなんだとか
本にそう書いてあったからそうなんだ・・・とかいうものではありません。
どれだけ知識や情報を集めても
それが、自分の日常に活かされていなかったら、
体感を通した知識でなかったら、私にはなんの意味もないのです。

自分を感じ、自分自身とともに在る。
体験として、経験として、そして、それを表現したい、
そう思っています。

この三次元の世界で形にするには時間というものがある。
でも変化はもう私の中にあります。

恐れや義務感からではなく、信頼や自由からくる行為であれば
必ず宇宙はサポートしてくれることを確信しています。

自分を見つめ、思考からではなく、感覚を通じて行動すること
それは、幻想を超えていく力になると実感しています。

力は、自分の中にある。
知性は、自分の中にある。

身体の力を抜いて、いつもリラックスしていたい。
それがただひとつの私の目標です。
                                  2007.5月

                         

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■鞍馬


20代半ば頃、友人が鞍馬に連れて行ってくれました。
京都にある鞍馬山です。

それからというもの、私は鞍馬のとりこになりました。

1ヶ月ぐらいしたら
「鞍馬行きた〜い!!」と思うんです。

「また鞍馬〜?」と言われたりするので
毎回いろんな人を誘って、一緒に行ってもらいました。

行きたい!と思ったら行くというのが3,4年続きましたが
その後、仕事を辞めたり、東京へ行ったり、神戸へ帰ってきても
バタバタしていて長い間行けてませんでした。

でも、先に書いた正社員になった会社に勤めていたとき
「鞍馬行きたい・・・」ふと思いました。
「長いこと行ってない・・・」
どんどん自分が落ち込んでいってた頃です。

会社を休んで、その頃ずっと持ち歩いて読んでいた本を持って
ひとりで鞍馬にでかけました。

本殿のベンチに座って、むさぼるようにその本を読みました。
このように生きたい、仕事をする自分にとりいれたい
そんな思いで必死でした。


その後、瞑想会に参加するようになってから
私は瞑想会のメンバーと一緒に、レイキを受けることにしました。

その時初めて、レイキ発祥の地が鞍馬だと聞いて
全身が感動の渦にビリビリ震えました。

「そうか、やっぱりなにかある山やったんや!」

そして、ふと、あの時読んだ本ってなんだったっけ?と思いました。

ひとりで鞍馬に出かけ本殿のところで必死に読んだ本。
中身に夢中で気にしていなかったので
なんていう本だったのか知りたくなりました。

そして、しまいこんでいた本をとりだしてびっくりしました。
その本は、「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」
というタイトルでした。

「あ〜、あの時私はそんな本を読んでいたのか・・・」

あのどうしようもなくしんどかった頃

「もうあの頃から始まっていた・・・」

「いや、もっと前から始まっていた・・・」

そう思い、また全身に感動の波がビリビリ走りました。
                                2007.4月



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このエピソードは、内なる旅の序章であり、
最初の一瞥から14年かかりました。
見性(悟りの体験)からは9年です。
といっても、それもまたほんの一部分であり
本当は、いくつものいくつもの生において探求し
見つけた記憶と経験が、さらに思いを強め、
それになることを遠ざけていたことに気づくのでした。       2020.1月

     ハートの音
  −宇宙の振動を感じて−






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